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「夜に生る」image:フィッシュマンズ/頼りない天使


2017年、メルマ旬報木爾チレンの3㌢浮いた世界で、」のコーナーにて、
(個人的に好きな)楽曲に基づいてイメージした掌編を連載した作品です。





初めて「フィッシュマンズの曲を聴いたのは、大学生のときだった。
私は小説家を目指していて、小説家になる自分しか思い浮かべることが出来ず、まわりが就職活動に励むなか、エントリーシートすら書かなかった。エントリーシートを書く暇があるのなら、小説を書きたかった。とにかく、夢のなかの世界に生きていた。
そして気がつけば、その終わらない夢のなかで聴いているようなフィッシュマンズの音楽に夢中になっていた。
一時期は、ずっと聴いていたように思う。
フィッシュマンズの曲はすべて好きといっても過言ではないが、この曲はいちばん好きだ。
この曲を挿入歌として長編小説を書いていたが、技量がなく、途中で書くのをやめてしまった。
いまなら最後まで書けるだろうか。途中で書くのをやめてしまった小説がファイルのなかにたくさん眠っている。

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※以下、ノベライズではありません。
※楽曲を聴いて、イメージして小説を書いているだけなので、フィッシュマンズとは一切関係ありません。




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illustration:倉田茉美



夜に生る
(image:頼りない天使/フィッシュマンズ)
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 いつからだろう。夜が、続いている。
 空を見上げるたび、視界を覆い尽くす黒色は、息が止まってしまいそうなほど残酷だと思う。夜は無限と呼べるほどに果てしなく、どれだけ手を伸ばしても触れることはできない。抗うこともできない。ただこの無限のなかにしか呑み込まれることしかできない。
 二年前、僕と君以外の人間はみんな、夜のなかに呑み込まれてしまった。だからどこを見渡しても、もうこの地球上には、僕と君以外の誰も存在しない。

 ――一体ここは、どこだろう。

 時々わからなくなるのは、きっと夜が明けない所為なのだろう。
「夜のほうが好きよ」
 まだ夜に浚われていない世界が続いていたとき、薄暗い空の下を歩きながら、等間隔に並ぶオレンジ色の街路灯を見つめ、君はそう言った。
 その時から僕も、夜のほうが好きになった。というより、朝が好きだとか昼が好きだとか夜が好きだとか、そんなことは考えたことがなかった。
 ただ僕は、この地球上で生まれたもののなかで、君だけが好きだった。
「君が、君が好きだと思うものが、僕は好きだよ」
 そう――まるでそれは呼吸のような感情だった。
「私は、私がいちばん好きよ」
 しかし、その僕の呼吸に対する君の返事は決まっている。君は僕を横目で見遣り、いつもそう言い放ちクスクスと笑う。その悪戯っぽい笑い声が、その自信過剰さが僕は好きで、きっと僕の世界の全てだった。
 君は五年前、中学三年生だった僕のもとへ、東京からの転校生としてやってきた。
 その日の衝撃を僕は忘れない。君が僕に悪戯っぽい顔で笑いかけたとき、僕は生まれてきた意味を知ったのだ。そして五年が経った今も、君は、僕が恋に落ちた瞬間の君と何も変わらない。
「世時クン、私ね、夜に生るの――」
 変わったのは二年前から、まるで壊れた機械のように、同じ台詞しか言わなくなったことだけだ。
(――どうして)
 僕は今、この街でいちばん高いビルの屋上に立っている。目を瞑っても、星が瞬きをするように煌めいているのが見える。そして僕にははっきりと、君が見える。君は僕がいちばん好きな悪戯な顔で僕を見る。けれど、どれだけ手を伸ばしても、君に触れることはできない。
 君はまるで夜みたいに、無限に遠い――。
 僕にとって、君に触れることができないこの世界は、誰もいなくなってしまったのと変わらない。誰が生きていようと、誰が目覚めようと眠ろうと、そんなものは透明にしか過ぎない。
 君が自ら無限の世界に呑み込まれていったあの瞬間、僕は取り残された。明けることのない夜のなかに、二年前の君と、ふたりぼっちで。



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by chiren kina 2017 05 30 / 木爾チレン


by 1000ve | 2018-02-02 17:47 | 掌編

小説家の木爾チレン(chiren kina)です。このブログでは、電車のなかや、カフェ、学校の休み時間にゆるく読んでいただけるような「掌編」を中心に、お仕事のお知らせ、日々の戯言など、ふんわりと掲載していけたらと思っています。


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