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「黒子少女 - ホクロショウジョ -」ホラー小説/掌編


 2017年の「メルマ旬報」にて、夏の特別編として配信した作品です。



 私は恋愛作品と同じくらい、ホラー作品が大好きです。
 今年のお正月は、おせちを食べながら「saw」シリーズを、1~finalまで見ていた。
 最近は「死霊館」シリーズにはまっている。(アナベル人形こわすぎ。そしてジェームズ・ワン監督は天才すぎ。)

 まあ、ホラー映画はさておき、
 私は数あるホラー作品のなかでも楳図かずお先生伊藤潤二先生の作品を敬愛している。
(余談だが、漫画はすべてkindleで購入しているので、私のkindleはホラーな絵で埋め尽くされている)

 伊藤潤二先生のTwitterをフォローしたとき、フォローバックを頂けて、
 死ぬほど緊張しながらお礼のDMを送信したところ
、ていねいな返事をいただけて、狂喜乱舞した。
 漫勉」の伊藤潤二先生回は、だったのでぜひ見てほしい。

 
 というわけで、
 素直に「怖いーー!」と感じる作品も大好きなのだが、
 
 「こんな気持ち悪いことが起こりうるのか……⁈」

 という方向性の作品がより好きなので、
 この「黒子少女」もそういう感じの作品になっていたらいいなと思います。





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photo:chiren



黒子少女 - ホクロショウジョ -

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 眠る前、体中が汗ばむ蒸し暑い部屋のなかで、祥子はふと、母方の祖母のことを思いだしていた。祥子の記憶に残る祖母の顏は、いまでも思いだすとぞっとするほど、奇妙なものだった。
「黒子……」
 そう、祖母の顔には――それはもはや、どれが染みだかわからないほどの――無数の黒子が点在していたのだ。


「おばあ様の顏は、どうしてそんなに黒子だらけなの?」
 五つの頃、祥子は無邪気に、祖母にそう訊ねたことがあった。だが、そのとき祖母がどう答えてくれたのか、どうしても思いだせないでいる。小さい頃だったのだから無理もないのかもしれない、ただ、ふと気になるのだった。
 その所為か、祥子にはいつも恐れがあった。
〝きっと、歳を取ったら、私も黒子だらけになるのだ。〟
 そんな漠然とした不安が、いつでも心に渦巻いて、祥子は歳を取るのがたまらなくこわかった。
 遺伝、というものなのかもしれない。祥子の顔には、まるで太陽系が連なるように、幾つかの黒子がある。祥子はこの黒子の星々がとてもおそろしかった。

 なくなれ、なくなれ――。

 思春期になる頃から、毎晩そう念じていた。
 しかし願ったところで、当然だが、黒子はそうやすやすとなくなったりはしなかった。

 嗚呼、私の顔にはいま、一体いくつの黒子があるんだろう――。

 祥子は時々、無性に気になった。けれど数えたりはしなかった。黒子の数を数えたところで気が滅入るだけ。部屋の埃の数を数えるようなものだ。
「はぁ……」
 そのうち考え疲れて、祥子はいつものように憂鬱な気分で眠りに就いた。




 明くる日の月曜日は、日差しの強い日だった。祥子は太陽が嫌いだ。シミやそばかすと一緒で、紫外線によって、黒子が増えてしまう恐れがあるからだった。
「はーあ」
 この頃はため息ばかりが漏れる。年齢を重ねていくうちに、黒子が増えていくような気がするのは、やはり祖母の所為なのだろうか……。祥子はあの年老いた黒子だらけの顔を思いだすと、身震いしてしまう。

 それから、いつも通り退屈な授業が終わると、放課後、祥子はいそいで商店街へと向かった。ファンデーション、ファンデーション……、ファンデーションを買わなくちゃ。祥子は呪文のように唱えながら歩く。そして、いまにも亡くなってしまいそうなお婆さんが一人で経営している古びた薬局を見つけると、吸い込まれるように入店した。

 発端はクラスメイトの朱美(彼女は、なかなかの美少女であり、さらに社長令嬢で、いつも何人かの取り巻きがいた)に、こう言われたからだ。
「あなたって、その黒子がなければ美人なのにね」
 思わず祥子は顔が引き攣った。
「……そんなこと、ないわ」
 か細い声で、言い返す。
 だがそう……――悔しいけれど、そうなのだ。
 この黒子さえなければ、朱美などには負けない。だって私のほうが目鼻立ちだっていいし、色白だし、何しろ小顔だ。だから余計に、黒子が目立つ。

 嗚呼、黒子が憎い。

 祥子は、惨めで、悔しくて、居ても立ってもいられなくなった。

 ファンデーションは、少女の玩具のような安っぽいピンクのケース付で、三千円で売っていた。
 できるならば、朱美が持っているような、お姫様みたいなケースの、きっとデパートで売っているのだろう、きらきらしたものが欲しい。祥子はそう思うけれど、五千円ぽっちのおこずかいじゃ、諦めるしかなかった。今はとにかく、この黒子を少しでもカバーしたかった。
(何だっていいわ……)
 レジに向かおうとしたそのとき、ふと祥子の視界に飛び込んできたのは『黒子が消えるクリーム』という商品だった。値段シールには、850円、と表記されている。なんだかとても古い――見知らぬメーカー品だ。
 なにこれ。そんなもの、ありっこない。黒子が消えるだなんて、そんな夢のような話――。
 そう思いながらも、祥子の手は、それを掴んでいた。
「あなたって、その黒子がなければ美人なのにね」
 ぐるぐると、朱美の言葉が渦巻いて、心臓に突き刺さった。



 その夜、お風呂からあがった祥子は、おそるおそるクリームの蓋を開け、指に垂らした。
(つい買ってしまったけれど――本当に効くのかしら……)
 クリームは、乳白色をしている。見た目や感触は、ごくふつうの乳液と変わらない。
「でも、クリームが肌に合わなかったらいやね……」
 それでなくても祥子は、皮膚が弱い。悪化したらと思うと、顔中には塗れない。祥子は迷いながらも、右頬の黒子幾つかにだけに、クリームを塗った。




 翌朝、祥子はクリームを塗ったことも忘れて、いつものように顔を洗った。
 そしてタオルで顔を拭いて、鏡と向き合ったとき、異常に胸が高鳴るのを感じた。なぜならクリームを塗った部分の右頬側の黒子が、明らかに薄くなっていたのだ。

 うそ、信じられない――!

 祥子は、目を疑った。
 だが、鏡のなかにじっくり目を凝らしてみてみても、やはり黒子は薄くなっていた。
(すごい、すごいわ……!)
 祥子は感動で涙がでそうになった。
 鼻歌を口遊みながら、祥子はその日を終えた。
 それから毎晩、祥子は顔中にクリームを塗って眠った。




「祥子、どうしたの、とっても肌がきれいになってる!」
 一週間後――教室に入るなり、クラスメイトたちが騒ぐ。無理もない。祥子の顔に点在していた黒子は見違えるほど目立たなくなり、そこにいるのはもはや、圧倒的な美しさを持った少女に他ならなかった。
「昨日、薬局で買ったファンデーションを塗っただけよ」
 祥子は悠然と答えた。朱美の悔しそうな顔が視界に入る。
 まるでアイドルのような容姿を得た祥子は、瞬く間に学校中の人気者となった。他校からも男子生徒が祥子を見に集まった。ラブレターが毎日のように届き、別人の人生を歩きはじめたよう。もう朱美のことなど、どうだっていい。嫉妬すらわかない。顔が美しくなるにつれ、祖母のことも、黒子への恐怖も、祥子の脳からは零れ落ちていた。




 その夜、祥子はベッドの上に寝そべり、小さな手鏡で、心行くまで自分の顔を見つめていた。近頃、顔を眺めるのがたのしくて仕方がない。美しいものは、たとえ自分の顔であっても見飽きないものだ。
 しかし、ふと祥子は、顔を歪めた。

 ――黒子、こんなところにあったけ……?

昨日まで気にならなった箇所――右目の下に、黒子が増えているような気がしたのだ。
けれどもう、祥子に恐れなどなかった。増えたって、また消せばいいだけの話。このクリームを塗るたびに、魔法をかけたように黒子が薄くなり、消えていく――それは祥子にとって、何よりもうれしい現象だった。
「あと、いち、に、さん、し…………ご、ろく」
 気がつけば、祥子は顔の黒子の数を、数えていた。
 明日になれば、残りの黒子もきれいさっぱりなくなっている。そう思うと、うれしくて、何度も数えた。
 そのうちに祥子は疲れて、まるで黒子の中身のような、真っ黒な夢のなかへと落ちていった。





 ――明け方のことだった。


 祥子は耐え難い不快感で目を醒ました。
 同時に――顔中に火傷をしたような激痛が走る。
「痛い、痛い……!」

 一体、何が起こったの――⁈

 確かめたいのに、あまりの痛みで祥子はベッドから起き上がることができない。
 祥子はそっと、顔の皮膚に触れた。明らかに、昨日までの皮膚の感触ではない。恐ろしいくらいに、ざらざらとしている。
 祥子は震えながら、握ったままになっていた手鏡を顔に向けた。
「きゃあぁぁあああああ!!」
 その瞬間、自分のものとは思えないほどの、けたたましい悲鳴が口から発せられる。
 なぜなら鏡に映るその〝物体〟は、もう昨日までの美しい少女などではなかった。
 人間――とも思えなかった。
 ただ、その人の形をした黒く濁る〝物体〟は、まぎれもない祥子自身だった。
 祥子は、あまりのことに気絶しそうになる。


 ――ああ……黒子が、黒子が……私の顔を埋め尽くしている……。
 どうして……どうして、こんなことに――。


 そして、化け物のようになってしまった顏を震える視界のなかに映しながら、祥子はようやく、過去を鮮明に思いだしていた。


 ――おばあ様は、どうして顔中、黒子だらけなの?


「……数えて、しまったからだよ。黒子は、数えると増えるんだ。だから祥子、決して――……数えてはいけないよ」


 ああ、ああ……――。


 祥子は項垂れた。
 手鏡に映しだされているのは、祖母とそっくりな、或いはそれ以上に醜い、黒子に塗れた自分の顏。まるで無数の黒い害虫が、顔に止まっているようにさえ思えた。
 どこが唇かすらもわからないほどに、黒子は祥子の顔を埋め尽くしている。
 だがもう遅い。なにもかもが、遅かった。
 どうしようもない境地のなかで、乾いた笑いだけが胸から込み上げてくる。
「アハッ、アハッ、こんなに、こんなにたくさん、黒子が――アハハッ!」



 それから祥子はすべての服を脱ぎ捨てると、なにかに憑りつかれたように、黒子を数え始めた。
「いーち、にー……さんー……」
 黒子がすべての皮膚を埋め尽くすまで――、狂ったように数え続けた。


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by chiren kina / 木爾チレン



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by 1000ve | 2018-02-05 18:14 | 掌編 | Trackback | Comments(0)

小説家の木爾チレン(chiren kina)です。このブログでは、電車のなかや、カフェ、学校の休み時間にゆるく読んでいただけるような「掌編」を中心に、お仕事のお知らせ、日々の戯言など、ふんわりと掲載していけたらと思っています。


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