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「初恋がはじまる」image:ももいろクローバーZ/走れ!



2017年、水道橋博士のメルマ旬報
木爾チレンの3㌢浮いた世界で、」のコーナーにて、
(個人的に好きな)楽曲に基づいてイメージした掌編を連載した作品です。



大抵の女の子
誰かにとって、あるいは大勢にとって
「特別な存在でありたい」
そう思っていると思う。

でも日本でも屈指の特別な存在である女の子
ふつうの女の子になりたい
ある日、そう言った。

そんなふうに思ってしまうほど、
アイドル世界というのは、立っているだけで、をしているだけでも、心が摩耗してしまう場所なのかもしれない。

まだ大人になりきれていない少女が、たくさんの人の「好き」を背負って、常に笑顔でいることがどれほど大変なことか
……きっと、大勢のペンライトが光るその場所から世界を見た少女にしかわからない。
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ノベライズではありません。
曲を聴いて、勝手なイメージで書いているだけなので、ももいろクローバーZとは一切関係ありません。



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illustration:倉田茉美



初恋がはじまる
(image:走れ!/ももいろクローバーZ)

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 制服は、少女たちに与えられた特権で
 永遠は、少女たちが制服のリボンを結んだ瞬間に生まれる
 制服で走り出した少女たちは、呼吸のような恋をして
 初恋は、いつまでも色褪せることのない透明さで、その空気ごと永遠になっていく
 少女は、永遠が永遠であることを未だ知らない

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 こうして自転車で学校からの帰り道を走っていると、あたしはときどき、映画の主人公みたいな気分になる。制服の袖から通り過ぎていく、雨あがりのにおいが混じった夏の風。放課後になると、水色の空が、嘘みたいに赤く染まっていく様子。まるであたしの為に、世界が在るみたい。
 きっと、そんなことを言ったら、君は大人びたふうに笑うだろう。
「ばーか」
 君はいつだってそんなふうに、あたしを見下ろして、切れ長の細長い目をさらに細くして、意地悪そうな顔をする。その顏は見慣れた君の顏で――君の存在は、三カ月前のあたしにとって、ただの幼馴染にしか過ぎなかった。あの日まで、あたしは君の全てを知っているような気がしていたし、君はきっと今も、あたしの全てを知っているような気でいる。
 でも君は未だ知らない。君の知らないあたしがいることを――君は、未だ知らない。

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 そう、あの日――高校生になって、この制服のリボンを初めて結んだ日、あたしは君に恋をした。不器用で、リボンなんて結んだことのないあたしは、うまく胸元の赤いリボンを結べなかった。でも朝寝坊をした所為で、結び直す時間もなくて、あたしはそのまま自転車に乗って、同じ制服を着ている生徒の後ろ姿を追いかけるようにして通学路を走った。そのときあたしは景色なんて見ていなかった。恋のない世界で見るもののすべては、ただ目のなかを流れていくものでしかなかったから。
 Ipodを聴きながら歩く君の後ろ姿を見つけて、あたしは少し自転車を止めて、いつもみたいに息をするみたいに言った。
「おっはよ!」
 新しい制服に身を包んだ君は、どうしてだろう、一瞬、あたしの知らない人みたいに思えた。なぜだかどきりとして、あたしはその変な感覚をもみ消すみたいに、立ち去ろうとした。でも君はつけていたイヤホンを外すと、あたしの腕をぱっと掴んだ。
「おい、ちょっと待て」
 その、手の力強さにはっとしながら、あたしは振り返った。
「なに?」
「これさ、下手くそすぎ」
 そう言って君はあたしの前に立つと、不細工に結ばれた胸元のリボンにそっと手を伸ばした。
 それから君の手は、まるで魔法みたいに上手にリボンを結んでいった。どうして、女の子のリボンを、こんなに上手に結べるんだろう――そのとき、疑問には思わなかった。あたしはただ、君のいつの間にか成長した大人みたいな手で、真新しいリボンが結ばれていくのをじっと見ていた。
 その日以来、なぜだろう、あたしは君に、無邪気におはようとは言えなくなった。でもあたしはその理由を考えなかった。考えるのが、こわかったからかもしれない。気づいてしまったら、全てが、変わってしまうような気がしたから。

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 だけど、恐れている暇なんて、ほんとうはなかった。
 それからひと月後のこと――高校に入学してから仲良くなったクラスメイトの玲が熱を出して学校を休んだ。お昼休み、独りになったあたしは、たまには君と一緒にお弁当を食べようかなんて目論んで、お弁当箱を持って、少し浮き浮きしながら教室を出た。あたしは一組で、君は四組だった。クラスが離れ離れになったことは、気にしないようにしていた。君がいない教室が無意味だなんて、思わないようにしていた。
 四組の教室を覗くと、君がクラスメイトの女の子と楽しそうに話しているのが見えた。そのとき見えた君は、あたしの知らない君だった。
 あたしが知っている君はいつも、大人びた顏をしている。ぶっきらぼうで、何を考えているか、わからない。
 でも視界に映る君は、あたしに見せないような顔で、無邪気に笑っていた。相手の女の子は、どんな顔をしていたんだろう。思いだせない。あのときあたしは、あれ以上、ふたりが話しているのを、見ていられなかった。
 あたしは一組の教室に帰って、まるで幽霊みたいに自分の席に座って、ひとりでお弁当を食べた。お母さんが作ってくれる甘い卵焼きは、大好物のはずなのに、味がしなかった。さっき見た光景が頭のなかをぐるぐるぐるぐる回っていた。教室の大きな窓から見える空は、いまにも雨が降り出しそうで、あたしは、その憂鬱な灰色の空を見つめながら、いま瞬きをしたら、なんだか涙がでそうだと思った。
 どうしてこんなに悲しい気持ちになるのか、あたしはもう知っていた。あの日からきっとずっと、気づいていた。この気持ちの正体に。

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 それから二カ月が過ぎていった。そろそろ、梅雨が明ける。
「一緒に帰ろう」
 放課後、君の下駄箱の前で、君にそう声を掛ける前、あたしはわざと胸元のリボンを解いておいた。
「うん。あ、ちょっと待って。解けてる」
 君がそう言ってくれるのを、知っていたから――。
 君は三か月前と同じように、ていねいにリボンを結んでいく。でもその手は、三カ月前よりももっと沢山のことを知っているような気がして、あたしはどうしてか、涙がでそうになる。きっとこのままじゃ、ダメだ。わかっている。
 とにかく、言わなきゃ――あの日から、ずっとそう思っている。でも、勇気がでなかったのは、すべてが壊れてしまうのが、こわかったから。だけどもう、あたしの心は、壊れてしまったのも同然で、今だって破裂しそうなくらいに、制服に隠れた心臓がどきどきしている。だから、今日こそ、君に、言うんだ――。そう決めると、あたしのなかで新しい細胞が生まれて、そして、古い細胞が死んでいくような感覚になった。
「あたしね、好きな人、できたの」
 君の手が上手にリボンを結んでくれるのを見つめながら、あたしは言った。自分でも笑ってしまいそうなくらい、震えた声がでた。君の手が一瞬止まる。
「ふうん……」
「誰か……わかる?」
 続けてあたしは君の眼を見ずに言った。見られなかった。でも、君がどんな顔をしているかは、目を瞑っていてもわかった。そしてあたしが今、どんな顔をしているのかも。
「わかるよ」
 君はリボンを結び終えると、いつもみたいにあたしを見下ろして、あたしのぜんぶを知ったような声で言った。外からは雨あがりのにおいが漂ってくる。それはとても心地よくて、まるで永遠のなかにいるみたいだと思った。
「一緒に、帰ろう」
 そういうと君は、まるで昔からそうしていたみたいに、とても自然に自分とあたしの手を繋いだ。それがどういう意味なのか、あたしには未だわからない。ただ、死んでしまいそうなくらいに、心臓がどきどきしていた。いま、このリボンの下にあるあたしの心の中身を覗いたら、君は笑うだろう。
 だけど、そう――世界はそのときたぶん、あたしの為に在った。
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by chiren kina



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by 1000ve | 2018-02-09 01:56 | 掌編 | Trackback | Comments(0)

小説家の木爾チレン(chiren kina)です。このブログでは、電車のなかや、カフェ、学校の休み時間にゆるく読んでいただけるような「掌編」を中心に、お仕事のお知らせ、どこにも発表するあてのない小説、日々の戯言など、ふんわりと掲載していけたらと思っています。


by 木爾チレン / chirenkina