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『乙女で痛いよ』第1話「乙女で痛いよ」

売れない地下アイドルの乙女のお話です。



2018年、メルマ旬報「木爾チレンの3㌢浮いた世界で、」のコーナーにて、連載中の「連作掌編」です。
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それぞれ、「乙女の痛さ」をテーマにした、連作掌編になっています。
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挿絵は、Amazonプライムの番組、バチェラーシーズン2に参加している、わたしの妹、「倉田茉美」が描いてくれています。
あわせてお楽しみいただければさいわいです。



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illustrator:倉田茉美




『乙女で痛いよ』第1話「乙女で痛いよ」

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 起きているとき、何時間スマホを見ているかなんて、計りたくもない。だってあたしは、スマホを見るために、眠ったり起きたり、息を吸って吐いているのだと思うし、もっともスマホを操作する為に生きているんじゃないかというくらい、控えめなマツエクが張り付いたこの目は、四六時中小さな画面ばかりを見つめている。
 別にそれが下らない人生だなんて思わないし、思われたくない。
 だって、それが下らない人生なのだとしたら、いま日本に生きている大半の人々が、下らない人生を送っていることになる。
 道ですれ違う誰もかもが、電車に揺られている九割が、小さな画面に取り憑かれている。
 いうならば、この世界はもはや、スマホのなかの小さな画面のなかに集約されている。
 だから、小さな画面のなかに存在するあたしを誰かが見ていないと、あたしはこの世に存在していないのと変わらない。

 Twitterのフォロアー数11,000人。
 Instagramのフォロアー数5,000人。

 即ちこの世界において、それがあたしの価値なのだ。
 言い換えれば、その程度の地味な、人気でも超絶不人気でもない、ぱっとしない知名度を誇る地下アイドルの、ぱっとしないメンバーの一人としての、価値。

「朝もでもない、昼でもない、夜でもない、夕暮れのなかであなたの視線を独り占め、夕暮みみかでーす★」

 ちなみにこれは、アイドルとしてのあたしの自己紹介。ダサい? そんなこと、いわれなくても知っている。別に、自己紹介なんてなんでもいい。言葉が、それらしく並べられていれば、それでいい。究極的にいえば、自己紹介の言葉なんてファン側もそれほど重要視していないし、女の子がミニスカートできゃぴきゃぴしていればそれでいいし、あたしは地下アイドル好きのサブカル男女に可愛いと思ってもらえれば、それでいい。
 そしていつかサブカル界を超えて地上にでられれば、最高だ。
 きっと産まれたときからあたしは、50,000人の歓声がドームを埋め尽くす、国民的アイドルに成りたかった。
 この世に生きるすべての人間に可愛いと言われたくて、あたしは日課のように、SNSに自撮りをあげる。まいにち狂いそうな精神状態のなかで、何枚も違う角度で撮って、いちばんかわいく撮れた写真。今日の自撮りはニューシングルの宣伝も兼ねている。
 Twitterはかわいく、Instagramはおしゃれ風に、いいねが増えるように投稿する。

「OTOME組ニューシングル『乙女で痛いよ』が発売中です! ぜひぜひ、お手にとってくださいね。みんな、買ってくれなきゃ泣いちゃうからね」

 私が所属する『OTOME組』は――結成四年目、平均年齢二十一歳の五人組。そこそこ可愛くて、ちょっと踊れて、歌の下手くそな女子が集った、あんまり人気がないアイドル。そのなかでもあたしは、シングルジャケットの隅のほうにしか映らない、地味なメンバー。赤でもピンクでもない、黄色でも青でもない、紫色なんていう、目立たないカラーを与えられた、端っこ属。適当に書かれた歌詞をワンフレーズ歌って、後ろで踊ることしかできない、引き立て役。
 でもそんなふうに、卑下する必要はないのかもしれない。LIVEをすれば、紫のペンライトを振ってくれる人は、少なくない。といっても、メンバーのなかでは、いちばん少ない。つまり、人気順でいうと最下位だ。
 カウントダウンTVでも、率先してコメントを求められることはない。別に自ら喋ればいいんだろうけれど、お喋り担当は、あたしじゃない。あたしに求められているのは、ちょっとロリータ風な雰囲気の、ミステリアスなイメージ。最初から、コアなファンにしか受けない設定。

「夕暮ちゃん、お疲れ様! あしたのイベントも頑張ろうね!」
 メンバーの朝顔しずく(黄色)は、いちばん人気だから、あたしにやさしい。何の特技も特徴もなくたって、おしゃべりが下手だって、ただ生まれ持った顔が可愛いから、永遠にあたしに越されるという心配なんてないから、いつだって余裕なのだ。
 朝顔しずくのフォロアー数は、メンバーのなかでもいちばん多い。Twitterは50,000人。女子からも人気だから、Instagramは、80,000人。毎日、今日のファッションとかいって、得意げにプチプラとハイブランドを織り交ぜて、小柄な身体で、インスタ映えする自然体なポーズを撮っている。あたしみたいに命がけでかわいく映らなくても、どんな顔をしていても、存在がかわいいからok、そんな感じ。
「うん、頑張ろうね!」
 あたしの心のなかは嫉妬と悪魔しか住んでいない。なのに、メンバーの前ではいい子ぶって馬鹿みたい。本心ではみんな、いちばん人気のないあたしのことを馬鹿にしているくせに、あたしより優れているという優越感でいっぱいなくせに、みんなで仲良しごっこなんて、馬鹿みたい。



 <検索 夕暮みみか>

「夕暮みみか、マジ勘違いブス。自撮り。地震かんけーねーしw」
「夕暮みみか、いらない。朝顔しずくだけソロでデビューしたほうがいいんじゃ」

 Twitterでエゴサをかけて、そういう批判を呟いているのは、大抵あたしよりもブスな奴らだ。
 アカウントを辿ると、朝から晩までTwitterに張り付いているアニメアイコンのニートと、旦那の愚痴と不細工な子供の写真ばかり投稿している主婦だった。
「童貞ニートと、いい歳したババアが何ぬかしてんだよ。バーカ」
 童貞ニートはあたしのことブスとか言う前にハロワ行けよバーカ。
 ババアはあたしのTwitterなんか見てないで、旦那に浮気されてる心配でもしたほうがいいんじゃない?
 ああああああ。どうしてあんたらみたいな家でぬくぬくと過ごしている奴に、批判されなきゃいけないの。あんたらみたいな、夢も見られない大人に。
 なんて、心のなかで自己防衛みたいに汚い悪態をつきながらも、あたしは酷く傷ついている。
 これ以上ないほどに、心がナイフで刺されたみたいに、傷ついている。生理痛なんて比じゃないくらい、痛い。痛い。痛い。死にたい。死にたい。あたしを否定する奴は全員死ねばいいのに。
 お願い、誰もあたしを傷つけないで。
 ねえ、あたしはどうして好かれてもいないのに、嫌われてばかりなの。
 美人から言われたって、ブスに言われたって、あたしを否定する言葉は、あたしの心臓を鷲掴みにする。ぐちゃぐちゃになるまで、こねくり回す。再起不能になるまで。
 エゴサをするたびに、死にたくなるのに、あたしは、夕暮みみかで検索することをやめられない。
 あたしは常に、あたしの人気を確かめたい。この瞬間、あたしのことを考えてくれている人が、何人いるのか、知りたい。知りたくてたまらない。
「そういうの、ネット自傷っていうんだよ」
 そう、誰かが言ってた。
 でも、しょうがない。
 だって、その為に生きているのに。


 ――どうしたら、あたしは、誰からも注目される?

「夕暮ちゃん、おはよう」
「夕暮ちゃん、大好き」
「夕暮ちゃんがこの世に生きているだけで、私は幸せ」
「夕暮ちゃん、生まれてきてくれてありがとう」
「夕暮ちゃん、乙女で痛いよ、買ったよ。夕暮れちゃんの歌声、きれいで、夕暮ちゃんの歌うフレーズが増えますように」
「夕暮ちゃん、明日もがんばろうね。おやすみ」

 一方で、私の顔をアイコンにした、年齢不詳の女の子、Sathumaimo22さんだけが、信者のように、四六時中、わたしを崇めている。わたしの投稿すべてに、いいねをして、女神のようなコメントをつける。
 でも、たったひとりの信者の言葉なんて、気休めにしかならない。
 それなのに、たった一つでも否定があれば、あたしは本気で死にたいと思ってしまう。
 だってあたしは一般人じゃないから。アイドルだから。誰からも嫌われたくないと思うのは普通でしょう。みんなから、可愛いって、尊い存在だって、思われたいと思うは自然でしょう。特別な存在だって。あたしの変わりはいないって、1秒ごとに、つぶやいてほしいの。

 でも、あたしのフォロアー数は増えない。それどころか、1日に1人ずつ、減っていく。ねえ、あたしの何がいけなかったのか、教えて。嘘。そんなこと訊いたら、生きている価値がわからなくなるから、言わないで。

 明日であたしは、二十二歳。
 アイドルとして、もうすぐ、賞味期限が切れる。
 もうドームを埋め尽くす国民的アイドルにはなれそうもないことがわからないほど、あたしは馬鹿じゃない。
 メンバーのなかでいちばん人気の朝顔しずくの人気だって、ももクロのメンバーやAKBに比べれば、いや、比べることすらおこがましいカスみたいなものだ。
 だからあたしは賞味期限が切れる前に、国民的アイドルに成ろうって、決めたの。

 東京の街が一望できる高層ビルの屋上に立っている。とてつもなく寒いけれど、雪は降っていない。
 東京というところは、いつも汚さが渦巻いていて、きっと普通の人が住む街じゃなかった。でもあたしは東京が好きだ。あたしをアイドルにしてくれた街だから。
 きっと、こんな広い世界で、あたしなんていうちっぽけな存在を見つけることのほうが、奇跡なんだろう。
 東京に住む何人が、あたしのLiveを見に来てくれたんだろう。何人があたしのタイムラインをチェックしてくれて、いいねをしてくれて、何人があたしというアイドルの存在の為に生きていてくれたんだろう。

 ねえみんな、あたしを見て!

 世界中のなかから、あたしだけを選んで。
 もうすぐ死ぬんだから、今日くらい、あたしを見てくれてもいいでしょう。
 飛び降りがいちばん気持ちいい。ふわふわして、空を飛んでいるみたいだって、完全自殺マニュアルに書いてあった。それを読む前から、飛び降りようって決めていたけど。だって、首吊りなんて、アイドルに相応しくないから。
 四年前、はじめて与えられた紫の衣装を着て、あたしは東京の街に向かって自己紹介をはじめる。

「朝もでもない、昼でもない、夜でもない、夕暮れのなかであなたの視線を独り占め、夕暮みみかでーす★」

 飛び降りるとき、靴を脱ぐ描写がよくあるけど、あたしは靴を脱がない。だってこれは大事な衣装だから。

「みんなー、今日は来てくれて、ありがとー! ずっと夕暮のこと応援してねー! じゃあ、夕暮みみか、国民的アイドルに成るために、いっきまーす!」

 あたしはビルの上から飛び降りる。
 不思議なくらいこわくない。ふわふわして、ほんとうに、空を飛んでるみたいだ。
 そしてあたしは東京の上空を飛びながら、そのきれいさに、感動していた。
 気がつかなかったな。画面じゃない、生で見る世界が、こんなにもきれいだったこと。
 落ちていくこの動画をInstagramに投稿すれば、いいねが何件ついただろう。
 あたしが死んだあと、Twitterにあげた最後の自撮り写真には何件のいいねとコメントがつくだろう。
 テレビは、どれくらい、一部のマニアしかしらない地下アイドルの死を偲んでくれるだろう。
 嗚呼、あたしはもうすぐ死ぬというのに、スマホが見たくてたまらない。
 きっとサブカル好きは、あたしが死んだあと、ライブに来たこともないくせに、あたかもあたしに前から注目していたみたいに、つまらないアイドル論を偉そうに呟くのだろう。
 でも、それでいい。あたしの名前がトレンド入りして、みんながあたしのタイムラインを遡って、あたしの情報を調べて、アイドルとしてのあたしの活動に目を凝らす。
 それが、あたしの夢だった。
 注目されたいがために死ぬんだから、それぐらい、願ってもいいでしょう。
 ああ、明日のネットニュースを見てから、死ねばよかった。
 そうだ。ねえ、Sathumaimo22さん、あなたが本当にあたしの信者なら、あの世に教えにきて。
 明日の、小さな画面のなかに散らばる、膨大な量のあたしの情報を。


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end



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昨日、にこるんが「情熱大陸」で
わたしが死んだあとのSNSを見てみたいって言っていて、
みみかと同じだと思った。

人は、私も、若さと甘さゆえに失敗して、取返しがつかなくなることもあるけど、
でもきっと、誰も、間違っていない人を批判したりはしない。
だから色んな意見に、
うれしくなったり、傷ついたりしても、
一つ一つ言葉を受け止めて、
いつか、すべての人を満足させられるような小説が書けるように、努力したい。
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by chiren kina


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by 1000ve | 2018-05-05 05:26 | 連作短編「乙女で痛いよ」 | Trackback | Comments(0)

小説家の木爾チレン(chiren kina)です。このブログでは、電車のなかや、カフェ、学校の休み時間にゆるく読んでいただけるような「掌編」を中心に、お仕事のお知らせ、日々の戯言など、ふんわりと掲載していけたらと思っています。


by 木爾チレン / chirenkina