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『乙女で痛いよ』第2話「宇宙の果てのサチコ」

ちょっとメンヘラな乙女のお話です。


2018年、メルマ旬報「木爾チレンの3㌢浮いた世界で、」のコーナーにて、連載中の「連作掌編」です。
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それぞれ、「乙女の痛さ」をテーマにした、連作掌編になっています。
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挿絵は、Amazonプライムの番組、バチェラーシーズン2に参加している、わたしの妹、「倉田茉美」が描いてくれています。
あわせてお楽しみいただければさいわいです。


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illustrator:倉田茉美


『乙女で痛いよ』第2話「宇宙の果てのサチコ」



 彼氏とは、いつもつながっていたい。
 最低でも、一日に5通はLINEをしてほしい。
 毎日、どちらかが寝落ちるまで電話をしていたい。
 休みの日は、時間があるかぎり一緒に過ごしたい。
 一緒にいるときは、私の存在だけを感じていてほしい。
 出かけるときは、手をつないでいてほしい。
 別れ際は、抱きしめてほしい。
 いつもいつも、私のことだけを思って生きていてほしい。
 そのすべてを願うのは、そんなにいけないことなのだろうか。



 真っ暗な部屋のなか、スマホの画面から放たれる光だけが、いまにも死にゆく星のように瞬いている。サチコにはもう、ここが東京の外れにあるくたびれたマンションの一室なのか、宇宙の果てなのか、わからない。だってそのどちらでも、晃が電話をとってくれないと、息ができない。
 サチコは一時間前から、彼氏の晃に電話をかけ続けていた。まるで酸素を得るかのように、スマホの画面に浮かぶ、緑色の発信ボタンを押し続けていた。
 
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 けれど晃が、サチコの電話にでる気配はない。
 スマホの画面には、「晃」という名前と、サチコが晃のプロフィールに設定した、付き合い始めのときに撮った晃のベストショット写真が表示されている。写真のなかの晃は、サチコにやさしく笑いかけている。でもサチコはもう、その笑顔を、知らない人のように感じた。
 サチコはLINEをひらき、トークを送る。
「晃、寝てるの? 電話、とってほしい。」
 既読にならない。
 でも、そんなことは、送る前からわかっている。お構いなしに、サチコはLINEを送り続ける。
「出かけてるの?」
「出かけてるのなら、電話くらいとれると思う」
「わたしのことなんて、どうでもいい存在なの?」
「付き合いたての頃はもっと大事にしてくれたのに。もうわたしなんて、鬱陶しいって、思ってるんでしょ? だからとってくれないの?」
「なんで、どうして」
 文字をタッチしながら、サチコは、晃を責める言葉ばかりを探し続けている。
 気が狂っているといわれれば、そうなのかもしれない。でもサチコは自分が狂っているとは思わない。狂ってしまったのは、晃のほうだ。



 サチコと晃は、付き合い始めてもう2年になる。
 サチコが、晃のバイト先のカフェに通い始めたのがきっかけだった。
 大学の友達がそのカフェの、昔ながらのパンケーキをインスタに載せていて、それがあまりにも美味しそうだったから、サチコも食べてみようかと思い、足を運んだのだ。実際、メープルシロップの上に溶けかけたバターがかかったきつね色のパンケーキは、びっくりするくらい美味しかった。少し酸味のあるオリジナルブレンドも相性ばっちりで、サチコは瞬く間に虜になった。
 そして、その穴場的な雰囲気も気に入り、通っている美大から近いこともあって、サチコは週に一度のペースでカフェに通い始めた。
 店員たちと仲良くなりはじめるのに、時間はかからなかった。
 美大生のサチコが持つ、アーティスティックな雰囲気と、その容姿の可愛らしさに、たいがいの人間は好意を持った。
 だからはじめは、晃からのアプローチだった。
「サチコさんは、どんな絵、描いてるの?」
「抽象画とか、です」
「へー、一緒だ。俺も、通ってたんだよ。美大。中退したけど」
「そうなんですか?」
「うん、学費払えなくなって。まあ俺の話はいいんだけど、いまさ、近美でおもしろい展示やってんだよ。今度、見に行かない?」
「あ、それ、私も行きたいと思ってました」
「じゃあ、決まり」
 それから、LINEを交換してからは、はやかった。
 カフェに通うなかで、サチコも晃が放つ、おだやかですこしミステリアスな出で立ちに、惹かれ始めていたからだ。
 流れるように付き合いはじめてからは、お互い一人暮らしのため、毎日どちらからの部屋に泊まっては、ごはんを食べ、セックスをした。半年くらいは、世界中のしあわせを集めたような日々だった。サチコは、なにをしていてもたのしかった。晃が傍にいれば、ほかはどうでもよかった。

 でもきっと、私たちは、一緒にいすぎた。

 付き合い始めるのもはやければ、マンネリ化するのもはやかった。最近は一緒に眠っても、セックスももうない。たまにサチコが誘ってみても、「また、明日ね」そう、やんわりと拒否されるだけだった。
 サチコは、虚しかった。
 もう一度、狂うように愛されたかった。ふたりがふたりのことしか考えずに生きていたあの頃のような日々を、取り戻したかった。
 ねえ、どうしてこんなふうになったの。どうしてセックスもしてくれないの。私のことが嫌いなの。ほかに好きな子ができたの。
 今日こそサチコは、晃に問い詰めたかった。
 そして気がつけば、サチコはこんな真夜中に、泣きながら電話をかけ続けていた。



 この二時間、静まり返った部屋のなかに、スマホから漏れる無機質な電子音だけが、流れ続けている。
 プルルルル――プルルルル――プルルルル――プルルルル――プルルルル――プルルルル――プルルルル――プルルルル――プルルルル――プルルルル――プルルルル。
 もう――いい。その音は、聞き飽きた。はやく、私の電話に、はやく出て。そうじゃないと、息ができなくなる。いまにも酸欠になりそうなのに、晃は電話にできない。
「電話、でて」
「お願い、電話、でて」
 サチコはいよいよ過呼吸になりそうになりながら、LINEを送る。だが既読はつかない。
「ああああああ!」
 サチコは自分でもヒステリックすぎると思うような奇声をあげながらスマホをベッドの上に投げつける。壊す勇気はない。それに、どうせすぐに、自分で拾いにいくのもわかっていた。
 サチコはいま、世界に溢れるすべて情報が憎かった。
 友達のインスタはみんなたのしそうで、私だけ、なにもうまくいかない。
 美大に通っているけど、別に将来、絵を描きたいわけじゃない。周りを見れば才能がある人はたくさんいて、卒業後、私ごときに仕事がこないのはわかる。
 それに、それほど絵が好きなわけでもなかった。ただ要領がいいサチコは、美大生という肩書きに憧れて、受験勉強のついでデッサンの勉強をしただけだ。だからいざ大学に通って、美大生ぶって絵を描いていても、まるで面白くなかった。
 そういえば、このあいだネットニュースで見た、自殺した名前も思い出せないアイドルの女の子は、それほどまでに、アイドルとして注目されたかったのだろうか。それとも世界のすべてが憎くなったのだろうか。
 でも記事によると、化粧をばっちりと決めて、ステージ衣装のまま、何かを叫びながら飛び降りたというのだから、きっと前者なのだろう。
 サチコはべつに、何者にもなりたくない。ただ、好きな人に、愛されていたいだけだった。

 なのに、どうして私はこんなに、ひとりぼっちなんだろう。

 そのとき、晃に送ったLINEに一斉に既読がついた。サチコはその瞬間、ようやく生き返ったような心地になる。やっと、宇宙の果てから救い出されたように、表情がほころんだ。
 そしてポコポコという呑気な音とともに、トーク画面には新しい吹き出しが表示される。
「ごめん、寝てた」
 その瞬間、サチコはスマホを睨みつけ、急いで電話をかけた。
 ツーコールもしないうちに晃が電話にでると、サチコは電話をかけ続けた二時間分の切なさを爆発させるように、声を溢れさせた。
「ずっとかけてたんだよ?!」
「だからごめん、寝てたって。いまもう、2時だよ」
「前は2時でも電話とってくれたじゃん!」
「そうだっけ」
「どうしてそんなに冷たいの、私今日、ずっと電話待ってたんだよ」
「あーバイトから帰ってきて疲れて寝てたから、ごめん」
「私のこと忘れてたんでしょ」
「別に、忘れてはないよ」
「じゃあ、1分でもいいから寝る前電話かけてくれたらいいじゃん」
「サチコ、1分で切らないじゃん。一時間は話すでしょ」
「……やっぱり私と話したくなかったんだ」
「そんなこと言ってないけど」
「晃、冷たい。前はそんなんじゃなかった」
「前、前って。じゃあサチコはどうなの? 夜中に電話何回もしてきて、ヒステリーなLINE何通もよこしてきてさ、こわいんだけど。疲れて寝てたって言ってんのに、一切、思いやりとかないよね」
「そんなことない! 思いやりがないのは晃でしょ?! 私、いつもいつも晃のことばっかり考えてるんだよ?! 晃は私のこと、全然考えてくれてないじゃん!」
「はあ……もう話にならないから切るね」
「やだ、切らないで!」
「じゃもう、別れよ、無理」
「なんでそうなるの?! わたしのこときらいになったの?!」
「嫌いとかじゃないよ」
「じゃあもう、他に好きな子でもいるの?!」
「別にいない。俺明日もバイトだから、寝るから、サチコも、もう寝ろよ」
「ねえ、別れるって、本気?」
「だからもう寝ろって」
 ツーツー。そこで電話は一方的に切られた。
 なんで? なんで切るの? まだぜんぜん言い足りない。まだ、もとにふたりに戻れていない。やっと、やっとつながったのに。
 サチコは息苦しさと虚無感で泣きだしそうになりながら、急いで電話をかけ直す。
「この電話は、電波がないところにあるか、電源が入っていません」
 けれどスマホは発信音も鳴らさずに、ただ、その言葉を繰り返すだけだった。

 ねえ、ここは宇宙の果て?

 こんなにも苦しいのに、息ができるのはなぜなんだろう。サチコには、わからなかった。

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end


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メンヘラ気質な女の子はだれしもが通る
若さゆえの依存だと思う。
わたしも最高、100回はかけたことがある。
心から謝りたい。
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by chiren kina



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by 1000ve | 2018-05-23 17:11 | 連作短編「乙女で痛いよ」 | Trackback | Comments(0)

小説家の木爾チレン(chiren kina)です。このブログでは、電車のなかや、カフェ、学校の休み時間にゆるく読んでいただけるような「掌編」を中心に、お仕事のお知らせ、日々の戯言など、ふんわりと掲載していけたらと思っています。


by 木爾チレン / chirenkina