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『乙女で痛いよ』第3話「世界はインスタント」

買い物(ネット通販)依存症の乙女のお話です。


2018年、メルマ旬報「木爾チレンの3㌢浮いた世界で、」のコーナーにて、連載中の「連作掌編」です。
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それぞれ、「乙女の痛さ」をテーマにした、連作掌編になっています。
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挿絵は、Amazonプライムの番組、バチェラーシーズン2に参加している、わたしの妹、「倉田茉美」が描いてくれています。
あわせてお楽しみいただければさいわいです


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illustrator:倉田茉美


『乙女で痛いよ』第3話「世界はインスタント」
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 気がつけば一日中、ZOZOTOWNを見ていた。
 変な体勢で見ていたせいで、手が腱鞘炎になりそうなくらい痺れている。ちいさな画面を見つめ続けていたせいで、頭が割れそうにいたい。
 カートには、スカート、ニット、パンプスなど、合計3万円分の商品が入っている。どれもこれも、それほど欲しいというわけではない。でも、どうしてだろう、買わないと気がすまない。
 だってこの膨大な数の商品のなかから、一日かけて見つけ出したのに。それにカートに入った瞬間から、この服はわたしもの、という意識が働いてしまっている。
 この服を着たわたしは、どんな靴を履いて、どこへ行くのだろう。
 一人旅? カフェ? 仕事? それとも、グアム?
 瞬く間に想像が広がって、わたしのこころは少し満たされる。
 そしてポチる瞬間は、達成感さえわきあがる。お金を払う感覚なんてない。ただ、ボタンを押しただけ。
「ARIGATO!」
 買い物完了の表示がでて、わたしはようやく立ち上がる。
 一瞬、世界が歪む。眩暈がしたのだ。
 そういえば起きてから、何も食べていなかった。買い物に集中していたせいで、体から糖分が失われているのがわかる。
 ――たしか、チョコチップのハーゲンダッツと、カップヌードルの買い置きがあったっけ。
 わたしはふらふらと台所へ向かい、冷蔵庫からハーゲンダッツをとりだして、ファミマで買ったときに貰った小さいプラスティックのスプーンでちびちびと口に運びながら、カップヌードルを作るため、ティファールでお湯を沸かす。
 付けっ放しにしていたテレビでは、いつの間にかはじまっていたアメトークが流れている。
 今日も面白いなあと思いながらも、どうしてだろう、ひとりでは笑うこともできない。
 わたしは芸人さんたちが巧みに喋っているのをぼーっと眺めながら、カップヌードルにお湯を注ぎ、しばらくしてできあがったカップヌードルを啜った。
 こんな、お湯を注ぐだけでできる食べものが、死ぬほどおいしいのは、お腹が空いていたからなんだろう。
 でもきっとカップヌードルはいつだって、わたしがいっしょうけんめい作るごはんよりも、おいしい。
 でも、こんなおいしいものがすぐ食べられる世界が、わたしはすこしこわい。
 服だって、靴だってバッグだって、ボタンを押せば、なんだって届く。インスタントラーメンみたいに、すぐコーディネートは完成する。
 でもわたしはきっと、このインスタントな世界に救われている。
 だって明日、何かが届くとおもうと、生きていける。
 ああ……。それにしても、何もしていないのに、なんで私はこんなに疲れているんだろう。
 これを食べ終わったらもう、寝よう。ネットを徘徊して、これ以上ほしい服が増えたら、わたしはきっと、埋もれてしまう。



 ――ピピピピ、ピピピピ。
 翌日、午前十時にセットしたアラームで目が覚めた。まだ少し寝ぼけながらシャワーに入り、そのあとは安いパンを齧りながら、髪をゆるく巻いて、ばっちりと化粧をして、開けっ放しになっているクローゼットの前に立つ。
 なんだろう――。一瞬、たくさんの洋服が、波のように襲ってきたかのような幻聴が見えた。
 途端に、何を着ればいいのか、わからなくなる。
 こんなにたくさんの洋服のなかから、私は今日、何を選んで、着ていくべきなんだろう……。眩暈がする。でも、考えなきゃ。
 ああ、えっと……。
 そうだ、今日は、エミと会うのだ。
 エミとは高校からの友達。エミは身長が高くて、スタイルもよくて、よく食べるのに、痩せている。
 嫌味なくらい、何を着ても似合う。安い服でも、エミが着るだけで、途端に高い服に見える。
 だからそう……わたしはエミと会うときはいつも、とびきり高い洋服を着ていく。
 じゃあ……今日は、これにしよう。買ったばかりの、トゥモローランドのワンピ。3万はした。
 ワンピがメインだから、靴はZARAで買ったエナメルパンプスでいい。シンプルで、色も黒だからどんな洋服にでもあうし、ヒールが7センチあるから、166センチのエミと並んでも、ちんちくりんには見えない。
 バッグは、何にしよう。エミはいつも、元カレに買ってもらったのだというセリーヌのラゲージを持ってくるから、いまの私のラインナップでは、何を持っていっても勝負にならないけど、きっと明るい色がいい。
 なんの勝負かはわからないけど、とにかく戦争だ。
 でも私たちはきっと、それを――たのしみにしている。

 渋谷で待ち合わせ、お互いの存在が視界に入った瞬間から、陰湿なファッションチェックがはじまる。
「きゃー真夕子ぉ、今日もおしゃれ! そのトゥモローのワンピ、わたしも狙ってたの!」
「ありがと! ボーナスでたから買っちゃった! エミこそ、スタイルいいから何着ても似合うよね~」
 きっと私たちは、ほんとうはそんなこと、言いたくない。
 でも、くだらないインスタの投稿に、いいねなんて押したくないのに、友人関係を続けるために押すみたいに、わたしたちは甲高い声で褒めあう。
 ねえ神様、私はちゃんと笑えているだろうか。

 そしてファッションチェックが終わると、私たちはまるで義務のように、べつに美味しくもない高いだけのカフェに入り、かわいいだけの飲み物を頼む。
「#エミとデート♡」
 そして私は、わざわざハッシュタグをつけて、そんなくだらない投稿をする。
 インスタに載せる為に、おしゃれして、仲良しのふりをした友達と、おしゃれなだけのまずい飲み物を頼んで、いちばん盛れた自撮りをアップする。不特定多数に向けた、くだらない充実アピール。でも私は、どうしてだろう。そんなことまでして、いいねが欲しいと思う、くだらない人間だ。

 それから、飲み物を三分の一飲み終えたところで、エミは話したくてたまらないように、口を開いた。
「ねえ真夕子、わたしね、実は、彼ができたのー! 東大出身で、顔はいまいちだけど、すっごい優しいのー」
 Lineで誘いがあったときから、そういうことだろうとは感じていた。でも私は、びっくりした顔を浮かべて、はしゃいであげる。
「え! そうなんだ?! おめでと! 東大出身なんて、いい会社勤めてるんじゃない⁈結婚コースだね~」
「あはは、気がはやいよ~。でも、一応大手に勤めてるから、結婚も視野に入れてもいいかなーって。まあ、まだまだわかんないんだけど。でもね、今度彼とグアム行くのー! たのしみー」
 透明な棘が混じるエミの言葉に、わたしは、たのしそうに相槌を打つ。
 わたしたちは、今年、二十七歳になる。三十歳までにウエディングドレスを着るには、正直ギリギリだ。
 そんな危機的な状況下で、目の前のエミの顔には、でかでかと描いてある。
 よかった、わたしのほうが、あなたより勝っている――って。
 そのことを知らせたくて、たまらないの、と。
「羨ましいー! おみあげ待ってる~」
 わたしは、反吐をはく。
「なんか、おソロの買ってくるね!」
 は?
 そんなの、いらない。お揃いなんて、いらない。
 わたしだって、あなたよりいいものが欲しい――。
 でも、なんのために?
 なんのために、わたしは戦っているんだろう。なんのために服を買うんだろう。
 誰の、ために。



「今日はたのしかったー★ 次、いつにするー?! 明後日からグアムだから、おみあげ渡せるタイイングがいいなー!」
 帰ってすぐに、エミからlineがくる。
 わたしは、ため息を吐いた。
 明日はZOZOTOWNから、グアムに着ていくはずだった洋服が届く。グアムに行く予定なんてないのに、想像が膨らんで買った服。ほんとうに、馬鹿みたいだ。
 ほんとうは、エミが羨ましくてたまらない。だっていつもいつも、私よりも、しあわせそうだから。
 かたやいまの私は、流行りの洋服や、バッグ、くだらないインスタ投稿のために生きている孤独な女。
 おしゃれに着飾ったって、誰も見ていない。
 ああ……そういえば、このあいだ自殺した、全く人気がなかった地下アイドルの子も、こんな、どうしようもない気持ちになったのだろうか。
「はぁ……」
 なんて、さみしいんだろう。なんて、むなしいんだろう。死んでしまいそうなくらいの孤独に、胸が締め付けられる。
 でも、どうせ死ぬのなら、そのまえに元彼にメールを送ることくらい、許されるだろうか。
 大好きな、晃に――。
 私はいまにも気が狂いそうになりながら、スマホを手に取った。

「ひさしぶり、元気にしてる?」

 晃とは、一年前に別れたばかり。
 でも、きっとまた、何かがはじまる――。わたしは得体の知れない期待と共に、錯乱する精神状態のなかで、lineを送る。逆に、こんなときじゃないと、送れない。

「元気だよー。真夕子は元気?」

 既読になったあと、返事はすぐに来た。私はいっきに、生き返ったような心地になる。一年ぶりに、そう名前を呼ばれただけで、こんなにもうれしくなるのは、まだ好きでたまらないから。

「返事ありがとう。うん、私は元気。晃は最近、何してるの?」

「あー俺、結婚するんだ。笑 だからその準備とかで、ばたばた」

「そうなんだ。おめで」

 無感情に、そこまで打ち込んで、手からスマホがこぼれ落ちた。
「はは」
 乾いた笑が漏れる。涙は不思議なくらい、でてこない。
 ――ああ……なんだ。
 もう、何かがはじまっていたんだ。取り残されていたのは、私だけだったんだ。
 私は何を、期待していたんだろう。
 次、晃に会ったときは、どんな服を着て行こう。もしその流れて、晃と旅行に行くことになったら……、ゆくゆくは晃の両親に挨拶に行くことになったら――。
 きっと私は昨日……いや、いつも、そんなことを考えながら洋服を選んでいたのだと思う。

「真夕子ってさ、マジでセンスいいよね。俺の、自慢だよ」

 いつか晃が、そう言ってくれたから。

 狭いワンルームのなかを、もう着ない服がどれなのかもわからないくらい、埋め尽くしている。
 わたしはその大量の服のなかに、溺れるように、埋もれていく。
 何でも簡単に手に入る世界のなかで、ほんとうに欲しいものだけが、手に入らない。
 ねえ私は、どこにいるの?
 何を着ているの?
 誰か教えて。


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end



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※ZOZOTOWNのステマではありません。笑
でも、小説家ゆえ、引きこもりなので、よく利用します。
usedで、掘り出し物を見つけるのがたのしいですね。

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by chiren kina



by 1000ve | 2018-05-23 22:48 | 連作短編「乙女で痛いよ」

小説家の木爾チレン(chiren kina)です。このブログでは、電車のなかや、カフェ、学校の休み時間にゆるく読んでいただけるような「掌編」を中心に、お仕事のお知らせ、日々の戯言など、ふんわりと掲載していけたらと思っています。


by 木爾チレン / chirenkina