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『乙女で痛いよ』第4話「ブルー・マリッジ」

結婚できない乙女のお話です。


2018年、メルマ旬報「木爾チレンの3㌢浮いた世界で、」のコーナーにて、連載中の「連作掌編」です。
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それぞれ、「乙女の痛さ」をテーマにした、連作掌編になっています。
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挿絵は、Amazonプライムの番組、バチェラーシーズン2に参加している、わたしの妹、「倉田茉美」が描いてくれています。
あわせてお楽しみいただければさいわいです


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illustrator:倉田茉美


『乙女で痛いよ』第4話「ブルー・マリッジ」

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 大学を卒業して、二十三歳で結婚して、二十五歳で子供を産んで……。
 そういう未来を、あたりまえのように思い描いていたのは、もう十五年前だ。
 わたしはまだ、たったの十五歳だった。生まれたての、少女だった。
 制服を纏い、黒板に書かれては消されていく、いつ役に立つのかもわからなかった義務教育の知識と、
「君の後ろ姿
 手を伸ばせば届くのに
 永遠みたいに遠い」
 などという中二病真っ盛りの痛いポエムを、毎日のように大学ノートに書き留めていた。
 その頃から私は、漠然と、文章を書くのが好きだったのだと思う。
 一五年後、三十歳のわたしは、コラムニストになっていた。契約社員として働いていたOLの傍ら、Webで恋愛についてのコラムを書くアルバイトを始めたのだが、そこで失恋した日に書き殴った「結婚できない女」についての記事が好評で、本格的にフリーランスで働きはじめて、もう二年になる。
 おこずかい稼ぎに、ブログも書きはじめたら、記事を気に入ってくれた女性誌の編集部から声がかかって、「結婚だけが幸せじゃない」「独身女の休日」という著書も出した。
 私はいまや、「結婚できない女」の第一人者だ。
 けれど私は、心のなかで、人一倍、結婚に憧れているのだから、もう笑うことしかできない。
 でも私は今、好きな人もいない。好きになれそうな人も。恋愛のやりかたも、なんだかすっかり、忘れてしまった。
「妥協しなきゃ。理想が高いんだよ。明日香、美人なんだし! 結婚なんて生活! 誰と結婚したってときめきなんてなくなるんだから。うちの所なんてもう三年もセックスレスなんだよ」
 既婚者の友達は、みんな口を揃えてそう言う。悪意なんてない。本気でそう思ってくれているのだ。
「そうだよね、わかってるんだけど、なかなかね」
 私は余裕ぶって笑う。私は確かに美人だと思う。ここ最近は、同じコンプレックスを持った女がたくさんいるのだろう、本の売れ行きもいい。皮肉にも独身女であるおかけで、服にも美容にも、OLの頃より、お金をかけられるようになった。彼氏くらい、それこそ妥協すれば、すぐにできるのだろう。
 でも、妥協した恋愛に何の意味があるというのだろう。私は、息が詰まるほど、誰かを好きになりたい。溶けあうように抱き合える相手じゃないと、結婚なんてできない。ときめきがいつかなくなっても、最初からときめきがないなんて、そんな相手とセックスするなんて、そんなの動物以下だ。
 けれど三十一歳を目前にして、焦るのも確かだ。
 Facebookでは、私よりもブスな女たちが、次々に結婚していく。そして女たちは、やがて美しい母になる。誰かにとってかけがえのない存在に――。
 私はただの、少し美人なだけの年増となっていく。いつも人と比べ、嫌味たらしく、人より少しいいだけの容姿を武器に、ブスを見下すことしかできない、醜い女になっていく。
 自由を持て余して、有名店の2千円はするふわふわのパンケーキの写真を撮り、贅沢な旅行に旅立っては写真を撮り、出版社のパーティーで会った有名人とツーショット写真を撮って、SNSにpostして、私の人生は、不毛な結婚をしている女より、充実しているのだと言いきかす。
 けれど、何百件のいいねがきても、どうしてだろう、心が満たされることはない。



 そして昨日、突然何の前触れもなく、結婚式の招待状が届いた。

 ささやかな宴を催したいと存じますので
 ご出席くださいますようご案内申し上げます
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 西村 悟
    結花
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 新郎の名前には、ものすごく聞き覚えがある。二年前に別れた元彼だ。
 正直、元カノの私に結婚式に来てほしいなど、どういう神経をしているのかわからない。友達が少なかったから、人数合わせだろうか。
 それとも、私がFacebookにつけた、入籍報告への「いいね」をそのままの意味で受け取ったのか――。

 悟とは、いわゆる社内恋愛――ふたりとも契約社員で、同期だった――で、ぴったり三年間付き合った。
「ちょうど三年目だし、きりもいいし、別れよう」
 そして、会社との契約が切れると同時に、まるで卒業式みたいに、私たちは別れた。
 言葉にすれば笑えてしまうけれど、そのときの私は、気が狂いそうなくらい悲しかった。
「悟と結婚したかった」
 泣きながらそう言うと、
「結婚は、俺には向いてないと思う」
 悟は、情けないような顔でそう言った。
 確かに悟は、私と同じ頃契約社員で、収入も不安定で、休みの日はいつもゲームをしながらだらだらしていた。デートはもっぱら部屋ばかりで、セックスをするのもすぐに飽きた。
 それでも私は、悟の傍にいられれば、それで良かった。お金がなくても、独りより、何倍もしあわせだった。悟だって、はじめはそうだっただろう。
 けれど私は、交際一年目を過ぎた頃から、執拗に結婚を迫っていた。それが別れの原因になったのは明白だった。
「はやく結婚したい」「どこかの正社員になって」そう願うたび、悟は明らかに、嫌な顔をした。そんな責任は負いたくない。そこまでして、結婚する意味が見いだせない。口には出さなかったが、目がそれを物語っていた。
「明日香は、幸せになれるよ。俺はずっと一人だから」
 最後、悟はそう言って、私の頭を撫でた。
 私は二十八歳だった。
 悟と別れてすぐに婚活をはじめたけれど、パーティーで出会う誰もかもが、私にとっては気持ち悪かった。まるで、亡霊と話しているみたいだった。何の感情も持てなかった。相手にとって、私もきっと、亡霊だっただろう。


 そして悟と別れて一年後、Facebookを見れば、悟は「入籍しました」という内容の投稿を、相手との写真と共にpostしていた。調べてみるとお嫁さんは、私よりも三つ年下で保育士をしているようだった。見た目は、私よりも全然ブスだった。
 でも、入籍届を手にお嫁さんと並んで微笑んでいる悟の顔は、私と並んでいたときよりも、幸せそうで、朗らかで、この人と一緒にいたいのだろうというのが画面越しでも伝わってきた。
 私は苦しくて、一晩中、眠れなかった。
 私と別れてすぐに、悟が結婚したことが悲しいのではない。
 つまり私が、悟の結婚相手に向いていなかった――。その事実が悲しかった。
 私は悟のFacebookの投稿に「いいね」を押して、スマホをゴミ箱に放り投げた。画面が割れようが、もうどうでもいい。私にlineをくれる相手なんていない。心から私を必要としてくれる人なんか。

 そしてその一年後、すなわち今日――、無神経にもほどがある結婚式の招待状が届いたのだ。
 私は無表情に
「慶んで《出席》させていただきます」
 そう書いて、返送した。



「今日は来てくれてありがとうございます」
 結婚式の当日、花嫁は私が元カノだと知らないのだろうか、それとも知っているのか、わからないけれど、ほんとうに幸せそうな笑顔を浮かべて、そう私に言った。
 Facebookで見た写真よりも、一生に一度の、その純白の衣装に包まれた実物の花嫁はきれいだった。私のほうがよっぽどブスな顔をしている。愛されている女は、どうしてこうも、きれいなんだろう。
「独身女性の方は、集まって下さい」
 司会者が呼びかける。それは、地獄の号令。
 けれど私たちは「ブーケ欲しいね」「次は私!」なんて強がりながら集まって、きれいにケアされた花嫁の産毛すらない背中を眺める。
「3……2……1……!」
 それから掛け声と共に、花嫁の手からブーケが離れる。
 なかば人生に絶望しかけていながらも、それでも未来を信じずにはいられない私達のもとへ、まるで春の花畑のようなブーケが、飛んでくる。
 そしてそれは、吸い寄せられるように、すぽっと私の手の中に納まった。
 いっせいに拍手が沸き起こる。
 振り返った花嫁は私に向かい、うれしそうに微笑んでいる。悟は、私を見て、やわらかく頷く。幸せになれるよ。そう言ったときのように、私の幸せを人任せにする。
「ブーケを受け取った方、新郎新婦のもとへどうぞ!」
 知っている。ブーケを受け取ってしまった私は、ふたりに挟まれて、写真を撮られる運命だ。
「笑ってくださーい!」
 涙が溢れてきそうになるのを、呑み込み、私は式場カメラマンに向かい、笑顔を作る。
 ねえ悟、私はもう、あなたのことはちっとも好きじゃない。
 ただ花嫁にふさわしくない自分が、悲しいだけだ。
 花嫁に選ばなかった二年前の私が、不甲斐ないだけだ。
 純白のウエディングドレスを着れば、私は美しくなれるのだろうか。こんなに醜い心になってしまった私でも。
 でも私は、ウエディングドレスが着たいんじゃない。だれもかもに、祝福されたいわけじゃない。
 誰かに、たったひとりの愛する人に、一生傍にいてほしいと願われるくらい、愛されたい、だけだ――。


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end


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二十代後半から三十代になると、
女は顕著に、生きるステージが違ってきてしまう。
独身、既婚、子供がいたり、恵まれない人もいる。
仕事がうまくいかなかったり、子育てに追われたりして、
自分にないものを持っている誰かを羨んだり、
誰かと比べて、かなしくて、つらくなる日もある。
手放しに、共感できないことも、
よろこべないことも必ずでてくる。
だからこそ、
その人の立場になって言葉を選ぶことはとても大切だ。
女に限らず、
どんな人生を送っていても、
人の痛みがわかる人がいちばんすばらしい人だ。

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by chiren.kina


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<さいごに>
ただいま連載中の「乙女で痛いよ」(全12話予定)、
もし書籍化をご検討下さる編集者様がおられましたら、
Twitter(またはHP:http://1000ve.her.jp/)に記載のアドレスから、
ご連絡いただけると、うれしいです。
(メルマ旬報は、自分の原稿は自由にしてもいいという趣向です。)
(イラストは書籍用にすべて描き直します。)
(掌編も加筆修正を加え・新エピソード書下ろしします。)


どうぞ、よろしくお願いいたします。








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by 1000ve | 2018-05-23 23:15 | 連作短編「乙女で痛いよ」 | Trackback | Comments(0)

小説家の木爾チレン(chiren kina)です。このブログでは、電車のなかや、カフェ、学校の休み時間にゆるく読んでいただけるような「掌編」を中心に、お仕事のお知らせ、日々の戯言など、ふんわりと掲載していけたらと思っています。


by 木爾チレン / chirenkina