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やついツーリスト in スリランカ ④「サイレント・ヒル」

やついツーリスト in スリランカ旅エッセイ

最終話「サイレント・ヒル」

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みなさんは、バードウォッチングという言葉をきいて、
どのような光景を思い浮かべるだろうか。



私は、木漏れ日のなか、小鳥の囀りをききながら、優雅に散歩をする。
――という幻想的な風景を想像していた。


だがそれは、
想像
でしかなかった。




バードウォッチングという名の死の彷徨は、
雨が降りしきるなかの
過酷な登山からはじまった。


そう、
あれは、ウォーキングなどではない。
完全な登山だった。


しかし私たちは皆、
スニーカーを履いているとはいえ、
みな、アホのようにラフな服装であった。
浅井カヨさんの夫婦に至っては、
もはやバードウォッチングをする気があったのかさえ怪しい。
パリのcaféにお茶をしに来たかのようなレトロモダンな服装だ。



(のちに泥水を含みすぎて変色したハルヒコさんの真っ白だったおしゃれ靴)
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まあ、仕方がなかった。

だって、
そんな恰好でも参加できてしまうくらいに、
私たちの想像していた「バードウォッチング」は
しおりに記してあった行程は、
ゆるやかなものだったのだ。


雨が降りしきるなか、
みんな引くほど軽装で、
さらには貸し出されたほぼパラソルのバカみたいに大きな傘を差して、
わりと死ぬ気で山を三十分ほど登り切り、
鳥が見られるというポイントに辿りつくが、
鳥はまるで見当たらず、
きれいなにわとりが一匹現れただけだった。
(たぶん動物園で見ても、どうでもいいレベルのきれいさだった。)

鳥を求めて歩き続けるにつれ雨は一層激しくなり、
もはやゲリラ豪雨並になっていた。

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時間が経つにつれ、道は着実に、雨水に侵食されている。

これは……来た道を、帰れるのだろうか。

ウォーキングさえままならない最悪な環境のなか、私たちはもう、気がつきはじめていた。
というより、山を登り始めたときから、気がついていたのかもしれない。



鳥、たぶんいない。




しばらく歩いていると、雨宿りにもなる休憩スポットがあった。


そのスポットから20分ほど登ったところに
「大きな木がある」と案内のマーティンが言い、
やついさんをはじめ、みんなは、
これだけ過酷な道のりを来たというのに
一匹も鳥を見られないもどかしさ故、
何らかの達成感を得たかったのだろう、
往復40分ほどかけて、
その大きな木を目指して過酷な山道を登りはじめたが
(後日談になるがそれは「ちょっとばかり大きな木」だったらしい。見にいかなくてよかった。)、
私は疲れ果てていたので、
みんなが戻ってくるまで、少しそこで休憩することにした。
(私のほかにも、昭島さんを含め、三人ほど休憩していた。)


山登り組の姿が見えなくなったころ、
同じくバードウォッチングに訪れていた他国の方々も、雨宿りに寄りはじめた。
そのとき私は、他国の方々を見て、目を疑った。
なぜなら皆、いわゆる「バードウォッチング」の恰好ではなかったのだ。
ガチの、ヒル対策を施した「登山」の恰好だった。

やはりこれは紛うことなく登山だったのだ。
私は確信した。


そして……この山はヒルが多い。
でも私たちはまだ、そんなこと知らなかった。


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それからも雨は弱まることを知らなかった。
40分後、
みんなが「ちょっと大きな木」を見て、
それぞれに苦笑しながら休憩スポットへと戻ってきた。

「おかえり」

美人の昭島さんが皆んなに声をかける。

私の視界には、ふと、同じくして帰ってきた野犬くんの手の甲に、
巨大ダンゴムシみたいな、黒い虫がついているのが映った。

「なにそれ!きもちわるい!」

私は言った。

「うわあああ」

野犬くんはその指摘で虫がついていることに気が付いたらしく、叫びながらその虫を掃った。
すると、野犬くんの手の甲からは大量の血が噴き出した。

「えええええええええ!!!ちょっと!大丈夫?!!」

私は思わず心配した。(おい)

「ヒルですね、これ……。血を吸ってだいぶ大きくなったみたいです。ぜんぜん気がつかなかった。。そして、心配してくれてありがとうございます。チレンさんが心配してくれるなんて思ってなかったです」

野犬くんは血だらけのまま、なぜだかうれしそうに言った。

他にもヒルに吸われている人が何人か居た。

しかしこのヒル騒動は、はじまりのはじまりにしか過ぎなかった。


それから結局鳥を一匹も見ぬまま、
全員でスタート地点へと折り返すときには、
もう傘を差しても無意味なほどの雨になっていた。


来た道を返す道も、道なのか川なのかわからないレベルだ。


生きて、
帰れるのだろうか……。


あまりの事態に
みんな爆笑していた。


するとそのとき、信じられないニュースが耳に飛び込んできた。


なんと、
来た道を引き返さずに、
なんかわからんけど
簡単に帰れる易しいルートがあるというのだ。


よかった!!


みんな心底よろこんだ。

だが次の瞬間、すぐ絶望に変わった。


「でも、その道から行けるのは、3人だけです」


私は心のなかで叫んだ。
何そのノアの箱船的な感じ!
意味わからん!
だってそこに、みんな生きて帰れる道があるのに!

だが、まだ作りかけの道で不安定なので、三人しか無理だという。
なんと。
あまりにも残酷だが、
とりあえず、みんながチートルートで帰るのは無理だということはわかった。

さすがに女子優先になるので、
男子たちがそのルートで帰るのを諦めるなか、
私は思っていた。


誰に嫌われてもいい。

そのルートで帰りたい。


心の底からそう思った。

だって、どう考えても無理だ。
こんな大雨のなか、またあの山(というかもはや川)を30分もかけて下るのは……。
私の体力では、たぶん転げ落ちて死ぬ。


だが、ノアの箱舟ルートで帰れる3人に入るのは至難の技だった……。


・一人は足を負傷している。
・一人は付き添いが必要である
・一人は手術後(よくここまで登ったなと感心する)


私は女子のなかで、なんなら三番目くらいに若ったし、別に負傷してないし、奇跡的にヒル被害にもあってない。
(みんなが大きな木を見に山奥へ歩いていくなか、私は雨宿りをしていたからだ。)

でも、これだけは言える。
誰よりも気持ちは折れていた。
普段引きこもっているゆえに、体力がない。マジでない。


「あやぱ(本名)大丈夫でしょ!」


そんなとき、
最悪なタイミングで
やついさんが笑顔で言った。


おおおおおおおおい!
私はまた、心の中で悲鳴をあげた。


確かに私はへらへら笑っていたし(何事も笑ってごまかすタイプである)、
大丈夫そうに見えただろうし、大丈夫だったのかもしれない。
これはもう、諦めるしかないのか……。
生きて帰るのが絶望的に思われたそのとき、


「倉田さんもいいですよ」


なんという神アシストだろう。
私は実は、その言葉を発してくれた添乗員さんが、なんとなくちゃらそうで好きではなかったが、一瞬で好きになった。


「ありがとうございます!」


十分元気だろう。そう突っ込まれそうなほど、私は速攻で頷いた。


もういい。
誰に嫌われてもいい。
生きて帰りたい。
その一心だった。


そして、
ノアの箱舟(チートルート)に乗った帰り道、
正規ルートで帰った仲間には避難されそうだが、
私が思っていたバードウォッチングがそこにあった。


適度に舗装された道。
木漏れ日。
森林のにおい。
小鳥の囀り。
そして頭上を、
青い鳥が飛んでいった。


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それからスタート地点に辿りつき、
大雨のなか山を下ってきたせいで、
泥だらけになっている仲間たちを涼しい顔で私は出迎えた。
みんなさぞかし苛つくことだろうと思ったが、どうやらそれどころではなかったらしい。


なぜなら
みな、泥だらけというか――
血だらけだった。


地獄絵図。
それは地獄絵図だった。


雨のせいで、
ヒルに刺されまくったのだ。
多い人では七か所も刺されていた。

もう三十路を過ぎた女性たちは(私もだが)パンツくらい見られてもいいのだろう、
スカートを捲り上げ、太ももやお尻をさらし、
お互いどこを噛まれているか、路上で確認しあっていた。

こんな光景、
鳥見るよりすごいしたぶん日本では見られない。



見かねた添乗員さんが、バスで着替えましょうと提案した。
まずは女子が着替え、そのあと男子が着替えを済ませ、
バスは本日のホテルへ向けて走り出した。


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車中、やついさんが、過酷なバードウォッチングを最高の思い出に変えてくれる、たのしいトークを繰り広げる。


「小奇麗なにわとりしかいませんでしたね。
というかなんならスタート地点のほうが鳥いましたね」


まさにその通りであった。
雨のせいで、鳥たちはスタート地点に集まってきていた。
無駄足とはこのことだ。私たちは身をもって体感した。


それにしても、車中ではみんな、
あんな軽装で山に登り、死にかけたことも、ヒルに刺されたことも忘れて、
笑っていた。
笑うしかなかった。
なんでも面白がるというのは大事である。


だが
そこからが、パニック(あるいはパンデミック)だった。
なぜか、血まみれになる人が続出したのだ。

「ヒル!!」

斜め前の席の、ゆかりさんが叫んだ。

そう。
バスで着替えた所為で、身体から落ちたヒルが、バスを支配していた。

ヒルは音もなく噛む。
そして痛みもない。人の血を吸って、成長するのだ。


まさに、サイレントヒル――。


そんな最高の駄洒落が思い浮かび、
誰かに話さずにはいられなかったので、

私は昭島さんに、
「これが、サイレント・ヒルだね……」
と呟いてみた。

昭島さんは、そんなこと言っている場合じゃないだろと言わんばかりに
「うまいこというね」と苦笑いしていた。
この頃には昭島さんはたぶん、私のことを軽蔑していただろう。


みんな立ち上がり、ヒルがいないかあるいは噛まれていないかチェックする。
私は、Tシャツが知らぬまに赤くなっていて
まくり上げると、お臍のまわりをかまれていた。

なぜ、
なぜここなんだ。
わからないが、
私だけ噛まれていなかったので、
噛まれたことにより、少し罪悪感が減った。


ヒルの恐怖におびえながら、ホテルへ到着。
疲れ切り、すぐに寝た。
と言いたいところだが、私は仲の良いメンバーを集めて、深夜まで飲んだ。
誰かと喋るのがこんなにも好きなのに
なぜ孤独のかたまりのような小説家になったのだろう。
少し自分に疑問を抱きながら、その日は寝た。




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次の日は、自由行動。
私はひとり行動を選び、
最高のホテルで、
スパにプールにフレンチフライにマンゴージュース、THEリゾートを満喫した。
(あんなに最高の時間だったのに、書くと一行にまとまってしまうのは、やはり人間は苦行をしてなんぼなのかもしれない。。)





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そんなこんなで、波乱万丈だったスリランカの日々が終了した。



飛行機に乗り、日本に到着すると、

「またね」

それぞれ違う生活へと戻っていくのに、
学校の帰り道みたいに言う。

最初は誰のことも知らなかったのに、
あんなに不安だったのに、
なんだか最初から仲良しみたいだった気持ちになる。
まるで修学旅行みたいだった。


そして、
最低な思い出ほど
最高な思い出になるのは、なぜだろう。



「またね」


最後、同室の昭島さんに言う。
昭島さんは、こんな我儘な私が一週間も同室で疲れただろう。
ゆっくり休んでほしいと思った。


なんだか、嘘みたいな日々が終わった。


とにかく、
生きて帰れた。


私の頭のなかでは、
スタンドバイミーが流れてはじめていた。


ああ、
はやく帰って、ミシン(愛猫)に会いたい。


日常に帰るのがうれしいような、ほんの少しさみしいような、ありきたりな気分になる。
妹に「かえってきたよ」とlineをしてから、ふらふらと、京都へ帰る電車に乗り込む。

もう、
あんなに夢中になっていたゲームを、
途中だったゲームを、
やりたいなんて思わなくなっている自分がいた。
だって、ゲームより、過酷な試練を私はクリアしたのだから。

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京都に帰る新幹線に乗り込んでも、
なんだか眠たいのに、
とびきり疲れているはずなのに
目を瞑っても眠れない。

最高の余韻が、いつまでも溶けなかったから。



END

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(動物のいないサファリパークで野犬くんがすれ違う瞬間に必死で私を撮った一枚。
野犬くんがこの旅のなかで「最高の一枚が撮れてうれしかったです」という言葉で締めくくった写真が、いちばん上部の、夕日が沈むプールでの一枚である。ありがとう。)




ここまで読んでいただいてありがとうございました。
よかったら小説も手に取っていただけたらうれしいです。
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by 1000ve | 2019-12-27 01:51 | 旅の記憶(エッセイ)

小説家の木爾チレン(chiren kina)です。このブログでは、電車のなかや、カフェ、学校の休み時間にゆるく読んでいただけるような「掌編」を中心に、お仕事のお知らせ、日々の戯言など、ふんわりと掲載していけたらと思っています。


by 木爾チレン / chirenkina